第一幕〜漂流〜

「おはよう、母さん、父さん」
 何事も無かった様に俺は食卓へとついた。
 ドアが開かなかったことに当初驚き、恐怖したが、簡易結界を展開していたらしい。
「お早う、かー君」
 この優しく、俺に微笑みかけている人が俺の母親、高校生の母でありながら、三十代前半と言う若さ、俺の目の前に居る金髪で、鼻ピアスな親父も同じ歳だ。
「おう、架空、男らしくなったじゃないか、ひょっとして・・・」
 と、言って下品に笑った。こんな親父でよく俺も摺れなかったな、と思う。
「父さん、どうでも良いけど、食事の時にそんな雑誌を読むのは止めた方が良いよ」
 若いコンパニオンのお姉さんが表紙のPC雑誌を凝視して俺は言った。
「ん、PCの技術進歩はそれこそ日進月歩、お前も情報仕入れてないと痛い目見るぜ」
 何が痛い目だろうか、何時もネットで情報を見ている癖に。
「お生憎様、当分PCのアップグレードはしないよ、他にすることがあるからね」
親父は目を細め、こっちを見る。
「な、なんだよ」
 俺は後ずさりするポーズを取る。
「言葉遣い変わったな、一夜にして何があったんだ?本当にアレしちまったのか?」
 アレ、親父の言うアレっていうのは、多分、アレだろう。そんな相手居ないし。
「違う、そんなこと未だやったことない、いたいけな青少年の心を傷つけるんじゃない」
 非難する眼で俺は親父を見つめる。
「これは真面目な話だ。見ろ、目の前で過ちを犯した人間が居るだろう。俺はまだおぢいちゃん、と呼ばれる歳じゃないからな」
 下世話なことだ、朝食の親子の会話じゃない。
「俺はそんなことはならないよ、そもそもこの姿かたちではな」
 お世辞に見ても、かっこいいとは言えない。
「いや、今日のお前はフェロモンだしまくりだぜ、なぁ、彩子」
 鍋から容器に味噌汁を注いでいる母親に向かって、この男はそんなことを言った。
「そうねぇ、どうしちゃったのかしらねぇ、松蔵さん」
 松蔵、こんな軽薄な男にまったく似合わないその名前、なんで厳格そうな名前なのにここまで捻くれてしまったのだろうか。
「“俺”は何も変わっちゃいないよ」
それは、明らかな矛盾。それを言い終えた後にそれに気づき、唖然とした。
「お前、一人称“俺”だったか?」
 早くも異変に気づかれるとは何たる失態だろうか、自分の愚かさに、嫌気がした。
「まぁ、お前も歳だし、“俺”へ移行してもおかしくないわな」
と勝手に納得するパパン。
「えー、私は“僕”の方が可愛いと思ぅ」
 これが無ければ良い母親なのだが。
 黙って、注がれた味噌・スープを飲む、家庭的な味だ。
「あー、っと、もうこんな時間じゃないか」
 壁掛け時計を不意に見ると、既に時刻は普段、家を出ている時間であった。
「それじゃ行ってくる」
 鞄を片手に、リビングを出ようとしたとき、親父に呼び止められた。
「女にゃ気をつけろ」
 おせっかいだ、と言わんばかりにドアを叩きつけて、家を出ることにしたのだった。
「アルト、聞きたいことがある」
 虚空に向かって、俺は話しかけた。そこにあって、そこには無いモノ。
「何?架空」
 アルト・フォトンは光学迷彩も驚く無音、無臭、無視覚、無形となり、俺の近くに存在する。
「何故、“俺”なんだ?」
 複数の意味を篭められたその問いに、彼女はどう答えるだろうか。
「貴方、さっきの話聞いてなかったの?」
 と呆れ顔も思い浮かばんばかりの声で言った。
「貴方は人、いや、高次元生命体ですらない、神様のなりそこない。曰く『ZERO』、始まりにして、終わりのモノ。全ての事象は貴方。ゆえに私はここに居る」
 それは、とても抽象的で分かりにくい。でも、何となく分かった。
「俺はヒトではない、と言うことだな?」
 覚悟はしていたが、こうも簡単に言われたらため息もできない。
「そうよ、でも、Sweekfee内に本当の意味で人に値する存在は居ないわ」
 人の定義とはあやふやなものだ。
「何も難しく考えることはないわ、昇華してしまった。いや、貴方の場合は逆行してるのよね、確か」
 別に、俺が何であろうと、俺がここに存在することには変わりなかろう。ならば、おのずと道は見えてくる。
「俺はデバッガーとして何をすれば良いんだろうな」
 それこそ今、一番求めなければならない答えだ。
「分からないわ、知的感知領域では何も異変は起こっていない。天の十一が動いているわけでもなさそうだし」
 と、不安を煽る言い方をされても困る。
「天の十一、ヘヴンイレブン・・・・・」
 家の近くのコンビニを思い出した。
「へぇ、こっちの世界にも端末があるんだ」
 端末?何だそれは?携帯のことか?
「ってことは、いざとなれば祭器をダウンロード出来るってことね」
 祭器って、神社に祭ってある変な物体のことだろう、なぜ、コンビニにあるんだ。

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秘

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